大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成10年(行ウ)49号 判決

原告

馬場綾子

右訴訟代理人弁護士

野﨑研二

右訴訟復代理人弁護士

矢作好英

被告

本所税務署長 松本恭佑

右指定代理人

田中芳樹

木上律子

清恒夫

荒川政明

鎌田美佐子

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し、平成八年三月一五日付けでした平成四年分の所得税の更正処分のうち納付すべき税額二五八万三四〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、被告が、原告は相続により取得した不動産を譲渡したのであるからその譲渡所得は分離長期譲渡所得に該当するとして行った所得税更正処分のうち納付すべき税額二五八万三四〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分について、原告がその取消しを求めている事案である。

一  前提事実

1  昭和四三年一二月二七日、馬場義朗が死亡し、その弟の馬場五郎(以下「五郎」という。)が別紙目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を相続した。

(甲五の一、乙一〇)

2  株式会社桐越建設は、昭和六〇年三月二八日、本件土地上に区分所有権の対象となる別紙目録二記載の建物を新築したが、原告は、そのころ、株式会社桐越建設との間で、本件土地の共有持分の一部と別紙目録三ないし八記載の各建物とを交換した。

(甲三、同五の一、同九、乙七ないし同九)

3  五郎は、平成元年九月二八日に死亡したが、その際に五郎が所有していた不動産は、別紙目録三ないし八記載の各建物及びその敷地利用権である本件土地の共有持分二万分の五五〇八(以下、右各建物とその敷地利用権を併せて「本件六室」という。)であった。

(甲五の一、乙七ないし同一〇)

4  五郎の法定相続人のうち、妹の関金枝が平成元年一〇月四日に、亡姉の清水静子の子の清水浩が平成二年四月五日に、それぞれ死亡し、また、関金枝の夫の関健が平成三年一二月六日に死亡した。その結果、後記7の遺産分割調停成立時における相続人は次のとおりとなった(以下、原告以外の相続人らを「他の相続人ら」という。)。

(五郎との関係) (法定相続分)

原告 妻 四分の三

馬場三朗 兄 一二分の一

関健一 前記関金枝(妹)の子 二四分の一

田美代 同 二四分の一

村松昌子 亡姉清水静子の子 六〇分の一

清水衞 同 六〇分の一

小﨑陽子 同 六〇分の一

市橋良子 同 六〇分の一

清水啓子 前記清水浩(亡姉清水静子の子)の妻 一二〇分の一

清水克郎 前記清水浩(亡姉清水静子の子)の子 二四〇分の一

清水孝次朗 同 二四〇分の一

(争いがない事実)

5  原告は、平成三年三月三〇日、野﨑研二弁護士(以下「野﨑弁護士」という。)を代理人として、被相続人五郎の遺産の分割を求めて調停を申し立てた(東京家庭裁判所同年家イ第一六九六号遺産分割調停申立事件)。

(争いがない事実)

6  原告は、平成四年五月八日、村松鐵鋼株式会社(以下「村松鐵鋼」という。)に対し、別紙目録五ないし七記載の各建物及びその敷地権である本件土地の共有持分二万分の二〇〇四(以下、右各建物とその敷地権と併せて「本件二階三室」という。)を代金七七〇〇万円で売り渡す旨の契約を締結し、村松鐵鋼から手付金七七〇万円を受領した(以下、本件二階三室の村松鐵鋼に対する譲渡を「本件譲渡」という。)。

(乙二の一、同二〇)

7  前記調停事件において、平成四年六月一日、原告及び他の相続人らの間で、調停が成立した(以下「本件調停」という。)。その調停調書における調停条項(以下「本件調停条項」という。)は概略次のとおりである。

(一) 当事者全員は、本件六室、現金二〇〇万円、預金一三八二万八九三七円及び合資会社丸玉商店の持分二六〇〇口が、被相続人五郎の遺産であることを確認する。

(1項)

(二) 申立人(原告)は、右遺産のすべてを単独取得する。

ただし、前記預金以外の被相続人名義の預金等が発見されたときは、金二〇〇万円までは申立人(原告)が取得し、金二〇〇万円を超える部分は、当事者全員が法定相続分の割合で取得する。

(2項)

(三) 申立人(原告)は相手方ら(他の相続人ら)に対し、前項記載の遺産を取得した代償として、次のとおり合計金六〇〇〇万円の支払義務のあることを認め、これを次のとおり支払う。

(3項)

(1) 申立人(原告)は相手方ら(他の相続人ら)に対し、内金六〇〇万円を本日、本調停の席上で次のとおり支払い、相手方ら(他の相続人ら)はこれを受領した。

馬場三朗 二〇〇万円

関健一、田美代 各一〇〇万円

村松昌子、清水衞、小﨑陽子、市橋良子 各四〇万円

清水啓子 二〇万円

清水克郎、清水孝次朗 各一〇万円

(2) 申立人(原告)は相手方ら(他の相続人ら)に対し、残金五四〇〇万円を平成四年六月末日限り、次のとおり相手方ら(他の相続人ら)に持参又は送金して支払う。

馬場三朗 一八〇〇万円

関健一、田美代 各九〇〇万円

村松昌子、清水衞、小﨑陽子、市橋良子 各三六〇万円

清水啓子 一八〇万円

清水克郎、清水孝次朗 各九〇万円

(甲一、同五の一)

8  原告は、平成四年六月八日、前記売買契約に基づき、村松鐵鋼に対し本件二階三室を引き渡し、売買残代金六九三〇万円を村松鐵鋼から受領した。

(乙二の一、同二〇)

9  原告は、平成四年六月一七日、野﨑弁護士に対し、報酬四〇〇万円(以下「本件弁護士費用」という。)を支払った。

(乙一九)

10  原告は、平成四年六月一八日、本件二階三室について、平成元年九月二八日相続を原因とする所有権移転登記を経由した上で、平成四年六月一八日、村松鐵鋼に対し、同月一七日売買を原因とする所有権移転登記手続を行った。

(乙七ないし同一〇)

11  原告は、平成四年六月二六日、他の相続人らに対し、合計五四〇〇万円を本件調停条項3項の内訳のとおり支払った。

(甲七、同一〇)

12  原告は、平成五年三月一六日、平成四年分の所得税について確定申告(以下「本件確定申告」という。)を、平成八年三月一四日、右所得税について修正申告(以下「本件修正申告」という。)をそれぞれ行ったが、そのいずれにおいても、原告は、遺産分割調停により本件二階三室を取得した他の相続人らに六〇〇〇万円を支払って、これを買い取って取得した上で村松鐵鋼に七七〇〇万円で譲渡したのであるから、本件譲渡による所得は分離短期譲渡所得に該当すると主張し、右六〇〇〇万円が取得費であり、本件弁護士費用四〇〇万円を含む一〇四一万円が譲渡に要した費用であるから、その合計額七〇四一万円が必要経費であると主張して、これを収入金額七七〇〇万円から控除した六五九万円を分離短期譲渡所得として申告した。

被告は、平成八年三月一五日、原告に対し、原告は五郎から相続により本件二階三室を取得したのであるから、本件譲渡所得は分離長期譲渡所得に該当し、右六〇〇〇万円は取得費には該当せず、本件弁護士費用四〇〇万円も譲渡に要した費用に該当しないとして、平成四年分の所得税の更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)を行った。

なお、右各申告、各処分及び不服申立ての経緯は別表のとおりである。

(争いがない事実)

二  本件更正処分及び本件賦課決定処分の根拠についての被告の主張と原告の認否

1  本件更正処分の根拠

(一) 総所得金額 三八一万〇四二九円

次の(1)及び(2)の各金額の合計

(1) 不動産所得の金額 四六万五四二九円

(争いがない事実)

(2) 給与所得の金額 三三四万五〇〇〇円

(争いがない事実)

(二) 分離短期譲渡所得の金額 〇円

(三) 分離長期譲渡所得の金額 六五七四万〇〇〇〇円

次の(1)の金額から(2)ないし(4)の各金額を控除した。

(1) 収入金額 七七〇〇万〇〇〇〇円

前記一6の売買代金

(2) 取得費 三八五万〇〇〇〇円

実務上、長期譲渡所得の金額の計算上収入金額から控除すべき取得費の額は、租税特別措置法(以下「措置法」という。)三一条の四第一項の規定に準じて計算して差し支えないものとされていることから(昭和四六年八月二六日付け直資四―五(例規)ほか国税庁長官通達「租税特別措置法(山林所得・譲渡所得関係)の取扱いについて」三一の四―一)、本件二階三室の取得費は、収入金額七七〇〇万円(前記(1))の一〇〇分の五に相当する三八五万円ということになる。

(3) 譲渡に要した費用 六四一万〇〇〇〇円

次のアないしウの各金額の合計であり、本件弁護士費用四〇〇万円を含まない。

ア 本件二階三室に居住していた竹下實男に支払った立退料 四〇〇万〇〇〇〇円

(争いがない事実)

イ 本件譲渡のために近代建物こと青塚芳継に支払った仲介手数料 二三一万〇〇〇〇円

(争いがない事実)

ウ 本件譲渡に際し売買契約書に貼用した収入印紙その他に要した費用 一〇万〇〇〇〇円

(争いがない事実)

(4) 平成七年法律第五五号による改正前の措置法三一条四項に規定する長期譲渡所得の特別控除額 一〇〇万〇〇〇〇円

(四) 課税される所得金額

(1) 総所得 三〇四万二〇〇〇円

次のアの金額からイの金額を控除した金額から、国税通則法(以下「通則法」という。)一一八条一項の規定により、一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた。

ア 総所得金額(前記(一)) 三八一万〇四二九円

イ 所得控除額 七六万七八〇〇円

(争いがない事実)

(2) 分離長期譲渡所得(前記(三)) 六五七四万〇〇〇〇円

(五) 算出所得税額 二〇〇三万〇四〇〇円

次の(1)及び(2)の各金額の合計

(1) 総所得に係る税額 三〇万八四〇〇円

三〇四万二〇〇〇円(前記(四)(1))について、平成六年法律第一〇九号による改正前の所得税法八九条一項の規定に基づき算出した。

(計算式)

308,400=3,000,000×0.1+42,000×0.2

(2) 分離長期譲渡所得に係る税額 一九七二万二〇〇〇円

六五七四万円(前記(四)(2))に平成七年法律第五五号による改正前の措置法三一条一項の規定する税率一〇〇分の三〇を乗じた。

(六) 納付すべき税額 一九六六万九四〇〇円

算出所得税額二〇〇三万〇四〇〇円(前記(五))から次の(1)及び(2)の各金額を控除した。

(1) 源泉徴収税額 二三万二〇〇〇円

(争いがない事実)

(2) 原告の平成四年分の予定納税額 一二万九〇〇〇円

(争いがない事実)

2  本件賦課決定処分の根拠

被告は、原告の平成四年分に係る納付すべき税額の過少申告につき、通則法六五条四項に規定する正当な理由がないと認め、次の(一)(2)及び(二)(4)を合計した二四二万五〇〇〇円を過少申告加算税として賦課決定した。

(一) 通常分(通則法六五条一項)

(1) 本件更正処分により新たに納付すべき税額 一七〇八万六〇〇〇円

一九六六万九四〇〇円(前記1(六))から本件修正申告に係る納付すべき税額二五八万三四〇〇円(別表「修正申告」欄)を控除した。

(2) 過少申告加算税(通常分) 一七〇万八〇〇〇円

前記(1)の金額から通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた一七〇八万円に、一〇〇分の一〇の割合を乗じた。

(二) 加重分(通則法六五条二項)

(1) 本件更正処分により新たに納付すべき税額 一七〇八万六〇〇〇円

前記(一)(1)のとおり

(2) 累積増差税額 一〇万〇七〇〇円

本件修正申告に係る納付すべき税額二五八万三四〇〇円から、本件確定申告に係る納付すべき税額二四八万二七〇〇円(別表「確定申告」欄)を控除した。

(3) 期限内申告税額 二八四万三七〇〇円

本件確定申告に係る納付すべき税額二四八万二七〇〇円に、源泉徴収税額二三万二〇〇〇円(前記1(六)(1))及び予納税額一二万九〇〇〇円(前記1(六)(2))を加算した。

(4) 過少申告加算税(加重分) 七一万七〇〇〇円

前記(1)及び(2)の合計額から前記(3)の金額を控除した一四三四万三〇〇〇円から、通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた一四三四万円に、一〇〇分の五の割合を乗じた。

三  当事者の主張

(被告の主張)

1 代償分割による原告の単独相続

(一) 本件譲渡による所得が分離長期譲渡所得に該当すること

相続人の一人が遺産分割協議に従い他の相続人に対し代償としての金銭を交付して遺産全部を自己の所有にした場合は、同人が右遺産を相続開始の時に単独相続したことになるから(民法九〇九条本文)、共有の遺産につき他の相続人である共有者からその共有持分の譲渡を受けてこれを取得したことになるものではない。

そして、原告は、本件調停条項のとおり、他の相続人らに代償金六〇〇〇万円を支払うという方法を採ることにより、本件二階三室を五郎から相続により取得したのであるから、所得税法六〇条一項一号により、本件二階三室は、五郎がこれを取得した時(別紙目録五ないし七記載の各建物については五郎が取得した昭和六〇年三月二八日ころ。その敷地権については五郎が引き続き所有していたものとみなされる昭和四三年一二月二七日以前。)から原告が引き続き所有していたものとみなされ、いずれの所有期間も五年を超えている。

したがって、本件譲渡による所得は、措置法三一条一項、二項(いずれも平成七年法律第五五号による改正前のもの)により、分離長期譲渡所得となる。

(二) 代償金六〇〇〇万円が取得費に該当しないこと

前記のとおり、本件二階三室は、原告が所得税法六〇条一項一号の「相続」によって取得した財産に該当するから、原告がその後にこれを他に譲渡した場合の譲渡所得の計算に当たっては、相続前から引き続き所有したものとして取得費を考えることになり、原告が代償として他の相続人らに交付した金銭に相当する額を本件二階三室の取得費に算入することはできない。

2 本件調停による遺産分割が錯誤無効とならないこと

(一) 原告が、代償分割を定めた本件調停条項に応じても、本件二階三室の売却について譲渡所得税を課されることはないと誤信していたとしても、右の誤信は、本件調停における遺産分割という法律行為の内容についての錯誤を構成するものではない。

(二) また、本件二階三室を村松鐵鋼に譲渡することは、原告が他の相続人らに支払うべき代償金の資金入手のためにされたものにすぎないから、本件調停において代償分割の方法を選択することについて、本件二階三室の村松鐵鋼に対する譲渡について課税されるか否かは、原告が本件調停に同意するに当たりその動機を形成するものではなく、これが動機の錯誤を構成する旨の原告の主張は失当である。

(三) 仮に、右事由が動機の錯誤に当たるとしても、他の相続人らは、本件調停の期日を通じて、原告から本件二階三室の譲渡先、譲渡代金等、原告及び村松鉄鋼間の売買契約の内容について知らされていないのであるから、原告が本件二階三室を売却した場合に課されるべき譲渡所得税について話題になったことはなく、原告が、右譲渡所得税が課されないことを本件調停成立の前提とし、これを本件調停条項に同意する動機として他の相続人らに対し明示又は黙示に表示していたことはないから、原告の動機の錯誤の主張は失当である。

3 本件弁護士費用を本件譲渡による収入から控除すべきでないこと

本件弁護士費用は、次のとおり、所得税法三三条三項が規定する譲渡に要した費用又は取得費に該当しないから、これを本件譲渡による収入から控除すべきではない。

(一) 譲渡に要した費用に該当しないこと

所得税法三三条三項が規定する「資産の譲渡に要した費用」とは、譲渡のために直接かつ通常必要な費用を指すものと解すべきところ、本件弁護士費用四〇〇万円は、本件遺産分割に関して支出されたものであり、本件二階三室の譲渡のために直接かつ通常必要な費用ではないから、本件二階三室の譲渡に係る「資産の譲渡に要した費用」に該当しない。

(二) 取得費に該当しないこと

仮に原告あるいは他の相続人らのいずれかが野﨑弁護士の代理行為により本件二階三室を取得したとしても、その取得(所有権移転)の原因は相続による遺産分割である。

そして、遺産分割は、共有にかかる相続財産の分配にすぎず、これにより相続財産に含まれている個々の資産の財産価値そのものに変動を及ぼすものではないから、遺産分割に要した費用は、一般的に当該資産の客観的価値を構成するものとは認められず、もとより、被相続人の取得の時に遡及してその当時における右客観的価額を構成するとみ得る余地はない。

したがって、遺産分割に要した費用にすぎない本件弁護士費用を「資産の取得に要した金額」(所得税法三八条一項)ということはできない。

(原告の主張)

1 代償分割ではないこと

本件調停においては、本件調停条項どおりに、原告が他の相続人らに代償金合計六〇〇〇万円の支払義務を負担することにより本件二階三室を単独相続する遺産分割が行われたのではなく、実際には、次の(一)又は(二)のとおりの合意が成立したものである。本件調停条項の表現が代償分割となっているのは、調停委員会から簡明な表現にするように提案されたからであり、合意の実態を代償分割とするものではない。

転売しない限り代償金の支払が不可能な原告にとって、代償分割に応じなければならない必然性はなく、村松鐵鋼に対する売買代金から立退料や売買手数料を控除した残金は、譲渡についての原告の労力ないし報酬と評価できる範囲の金額であるから、代償分割に特段の利点もない。

(一) 原告及び他の相続人ら間の本件二階三室の売買

原告及び他の相続人ら間の間では、平成三年八月九日の調停期日において、他の相続人らが本件二階三室を取得すること、原告が他の相続人らから六〇〇〇万円でこれを買い取ることを合意していたが、その後、調停成立までに約一〇箇月を要したのは、原告が、右合意を前提に転売先を探し、賃借人との立退交渉をしていたからである。

したがって、本件調停においては、他の相続人らが本件二階三室を取得した上で、原告が直ちにこれを六〇〇〇万円で買い取って村松鐵鋼へ売却し、その売却代金で右買取代金六〇〇〇万円を支払う旨を合意したものである。

そして、原告は、右合意に従って、本件二階三室を買い取り、村松鐵鋼へ売却した後に、直ちに右買取代金六〇〇〇万円を支払ったのである。

以上によれば、村松鐵鋼への売却による譲渡所得の計算上、他の相続人らに支払った右買取代金六〇〇〇万円は、所得税三三条三項の規定する取得費として控除されるべきである。

そして、本件譲渡は、所有期間が五年以下のものの譲渡に当たるから、その所得は、平成七年法律第五五号による改正前の措置法三二条一項により、分離短期譲渡所得となる。

(二) 他の相続人ら間の換価分割

原告は、本件二階三室を他の相続人らが取得すべきであるとの立場を、調停前の協議のときから一貫して表明しており、原告には代償金六〇〇〇万円を支払う能力もなく、本件二階三室の換価代金以外に他の相続人らが受け取る資金の手当てがつかないことは調停事件の当事者間において了解されていた。

そこで、仮に、原告が本件二階三室を他の相続人らから買い取って取得したものでないとすれば、本件調停により、他の相続人らが本件二階三室を共同相続した上で村松鐵鋼に売却し、その換価代金から譲渡に要した費用や原告に対する右譲渡についての報酬を控除した残額六〇〇〇万円を他の相続人らの間で分割する換価分割が行われたというべきである。

したがって、村松鐵鋼に対する売却による譲渡所得は、原告に帰属せず、他の相続人らに帰属するものである。

2 本件調停による遺産分割が錯誤により無効であること

仮に、原告が代償分割により本件二階三室を単独で取得したものであるとすれば、それは原告の意思表示の法律行為の要素の錯誤又は表示された動機の錯誤によるものであるから、本件遺産分割は無効である。

本件遺産分割における原告の真意は、本件二階三室を除く遺産のみの取得であり、当初からそれ以上のものを一切望まず、このことを終始明示していたが、その実現のために、やむなく本件二階三室を転売して転売代金の大部分を他の相続人らに分配することにより、結果的に原告を右真意ないし希望も実現したと理解していたものである。

したがって、右理解に反し、右転売により原告が取得したとされる金額よりはるかに膨大な金額の譲渡所得税が賦課されるとすれば、原告が決して代償分割による遺産分割に応じていなかったことは明らかである。

右真意と代償分割との乖離は、遺産分割という法律行為の内容の錯誤であり、動機であるとしても表示されていたことは明らかである。

3 本件弁護士費用を本件譲渡による収入から控除すべきこと

本件弁護士費用は、次のとおり、譲渡に要した費用又は取得費と評価すべきであるから、所得税法三三条三項により、本件譲渡による収入から控除すべきである。

(一) 譲渡に要した費用と評価すべきこと

本件弁護士費用四〇〇万円は、事前交渉と調停を含む遺産分割事件にかかる弁護士手数料(着手金と報酬だけでなく、実費を含む。)の全額であるところ、右遺産分割事件は、本件二階三室の賃借人との立退交渉も含み、野﨑弁護士は右交渉に直接間接に関与した。

そして、右立退に係る立退料は譲渡に要した費用であるから(前記二1(三)(3)ア)、その交渉に係る手数料を含む本件弁護士費用四〇〇万円も、譲渡に要した費用と評価すべきである。

なお、右立退交渉を単独の事件とみても、四〇〇万円は弁護士手数料として必ずしも過大とはいえない。

(二) 取得費と評価すべきこと

原告は野﨑弁護士の代理行為により本件二階三室を取得したのであり(原告の主張では買取り。被告の主張でも遺産として承継取得。)、これは所有権確保のための費用として取得費と評価すべきである。

四  争点

以上によれば、本件の争点は、次のとおりである。

1  本件調停により、原告が他の相続人らに代償金合計六〇〇〇万円の支払義務を負担することにより本件二階三室を単独相続したのか、それとも、〈1〉本件調停により、他の相続人らがこれを共同相続し、原告が他の相続人らからこれを代金六〇〇〇万円で買い受けたのか、又は、〈2〉本件調停により、他の相続人らがこれを共同相続した上で村松鐵鋼に売却し、その換価代金から譲渡に要した費用や原告に対する報酬を控除した残額六〇〇〇万円を他の相続人らの間で分割したのか。

(争点1)

2  本件調停による遺産分割に合意する旨の原告の意思表示が錯誤により無効であるか否か。

(争点2)

3  本件弁護士費用四〇〇万円が譲渡に要した費用に当たるか否か。

(争点3)

4  本件弁護士費用四〇〇万円が取得費に当たるか否か。 (争点4)

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  各項末尾掲記の証拠(後記2の採用しない部分を除く。)によれば、次の各事実が認められる。

(一) 原告は、平成元年一一月ころ、義弟館直一の知己である野﨑弁護士に被相続人五郎に係る遺産分割を依頼することとしたが、本件六室のうち、一階の二室は煙草販売を営む合資会社丸玉商店の店舗として使用し、その収益が原告の生活費となっており、また、一一階の一室は原告の居宅として使用していたことから、これらの区分所有建物についてはいずれも原告が取得することを希望していたものの、第三者に賃貸していた本件二階三室は、右賃貸をしたままの状態で相続人らが取得すべきであるとの意向を持っていた。

(甲六、同九、同一〇)

(二) 五郎の相続人らの間では、平成二年二月二〇日に遺産分割協議を行うこととなり、原告は、事前に希望する分割案を他の相続人らに遺産分割協議書として提示したが、その内容は、原告が本件二階三室以外の不動産及び預金債権を取得するというものであり、本件二階三室の分割についての条項は概略次のとおりであった。

(1) 本件二階三室は、他の相続人らが取得し、その共有持分は原告を除く法定相続分と同一とする。

(2) 本件二階三室については、本協議成立の日から六箇月間に限り売却に努め、売却できたときは売却代金を右持分に応じて配分するものとする。

右売却ができなかったときは、原告が確定的に相続し、原告は、他の相続人らに対し、遺産分割調整金合計七三八〇万円を真正な登記名義回復を原因とする所有権移転登記手続と引き換えに支払うものとする。

(3) 本協議による相続登記及び前項による真正な登記名義回復を原因とする所有権移転登記の各費用は原告の負担とする。

(乙一二)

(三) 原告の右提案については、平成二年二月二〇日の遺産分割協議において、馬場三朗からは賛成の意向が表明されたものの、その他の者からは、本件二階三室の売却は賃借人が立ち退かなければ不可能ではないか、その場合に原告が前記遺産分割調整金を支払えるのかといった疑問が出されたり、右売却及び立退交渉の責任者を誰にするのか、もっと高く売れるのではないかという話が出て、また、右協議に欠席した相続人もいたために、結局、その場で協議は調わなかった。

(甲六、同九、同一〇六、証人野﨑研二、同村松昌子、同関健一)

(四) 原告は、前記のとおり平成三年三月三〇日に遺産分割調停を申し立てたが、申立書には、原告が本件二階三室以外の遺産を取得し、他の相続人らが本件二階三室を適宜取得するとの分割希望案を示した。

(甲五の一)

(五) これに対し、他の相続人らは、他の相続人らが本件二階三室を現物のまま共有状態で取得しても分割するのが困難であることから、金銭を取得することによる解決を希望することで意思を統一し、調停委員会に対し、その旨の意向を示した。

(乙一四、同一七、同一八、証人村松昌子、同関健一)

(六) しかし、原告としては、本件二階三室を売却する以外に他の相続人らに支払う金銭を都合できず、当時確実な買い受け先も見つかっていなかったことから、調停委員会は、多少の金額を譲歩しても早期の解決を希望していた他の相続人らの意向も踏まえて、同人らに対しては取得する金銭を減額すべきこと、原告に対しては本件二階三室の売却に努力すべきことを指示した結果、他の相続人らは、取得する金銭の合計額を前記(二)(2)の七三八〇万円より減額した六〇〇〇万円とすることを了承し、原告は、本件二階三室の売却先を探すことになった。

(甲七、乙一三、同一八、証人関健一)

(七) そして、原告は、平成三年八月九日の第三回調停期日において、調停委員会に対し、次の調停条項案を提示した。

(1) 原告は、本件二階三室以外の遺産を取得する。

(2) 他の相続人らは、本件二階三室を取得する(共有持分は原告を除く法定相続分の割合と同じ。)。

(3)ア 原告は、他の相続人らから、本件二階三室を代金六〇〇〇万円で本日買い受け、他の相続人らはこれを売り渡した。

イ 右売買を原因とする本件二階三室の所有権移転登記手続については、他の相続人らは、同人らに対する相続を原因とする所有権移転登記を省略し、原告が被相続人より直接相続を受けたことを原因とする所有権移転登記を直ちに経由することに異議なく同意した。

右登記手続費用は原告の負担とする。

ウ 原告は、他の相続人らに対し、本調停成立後一箇月以内に限り、右売買代金の内金六〇〇万円を、平成三年一二月末日限り、残金五四〇〇万円を、共有持分に応じて支払わなければならない。

(甲五の一、二)

(八) しかし、他の相続人らは、取得すべき遺産の評価額が本件二階三室の価額に相当するという認識を持っていたが、本件二階三室を共有状態のまま取得した上で原告に売却するという方法によって調停事件の解決を図るという認識を持つことはなく、あくまでも、自分たちは金銭を取得するものであり、原告がそのための金銭を都合するために、本件二階三室を売却しようと他の手段を採ろうと、いずれでも構わないと考えていた。

(乙一三、同一四、同一七、同一八、証人村松昌子、同関健一)

(九) 原告は、前記のとおり平成四年五月八日に村松鐵鋼との間で売買契約を締結し、他の相続人らに六〇〇〇万円を支払う目処が立ったことから、同年六月一日の調停期日において調停の成立を図ることになったが、調停委員会は、同期日において本件調停条項を提示し、これを原告及び他の相続人らが了承することにより、本件調停が成立した。

(甲五の一、同七、証人野﨑研二)

2  証人野﨑研二は、調停事件の早い期日において、他の相続人らが本件二階三室を取得し、原告がこれを六〇〇〇万円で買い取ることで合意していたが、調停成立の段階で、調停委員会から、右合意と実態は同じであるが表現を簡明にした本件調停条項を提示された旨供述し、野﨑研二作成の陳述書(甲七)及び館直一作成の陳述書(甲一〇)にもこれに沿う旨の記載がある。

しかし、前記1(八)認定の他の相続人らの認識、殊に、野﨑弁護士は、関健一に対し、他の相続人らが本件二階三室を取得し、原告が他の相続人らからこれを買い取ったものである旨の証明書の発行を依頼する文書を送付したにもかかわらず、関健一は、右証明書の内容が同人の認識と異なるとして、その発行に応じなかったこと(乙一八、証人野﨑研二、同関健一)、馬場三朗は、税務署係官から、本件調停条項による原告からの金員支払の受領について課税されない旨の回答を得たが(甲七、乙一七)、仮に馬場三朗が本件二階三室を原告に買い取ってもらった旨を説明したとすれば、長期譲渡所得として課税がある旨の回答を受けたはずであることからすると、馬場三朗は、本件調停条項どおりの調停が成立したと認識し、税務署係官にその旨を説明したと推認されることに照らし、他の相続人らが本件二階三室を取得して、原告にこれを六〇〇〇万円で売る合意が成立していた旨の前記証人野﨑研二の供述部分及び前記各陳述書の記載部分を採用することはできない。

3  また、原告は、本件調停により、他の相続人らが本件二階三室を取得した上で、これを原告に売却したのではないとすれば、他の相続らが本件二階三室を取得した上で、これを村松鐵鋼に売却し、その売却代金を他の相続人らの間で分割したものである旨主張する。

しかし、前記のとおり、原告は、本件譲渡による所得がすべて自らに帰属するとして申告していること、他の相続人らは、本件譲渡代金七七〇〇万円から譲渡に要した費用六四一万円を控除した七〇五九万円全額ではなく、六〇〇〇万円を受領しただけであり、原告が差額一〇五九万円を受領したことに照らし、原告は本件二階三室を取得した者として振る舞い、その認識を有していたというべきであるから、原告の前記主張は採用できない。

4  以上によれば、原告は、遺産分割調停手続の当初においては、本件二階三室は他の相続人らにおいてこれを取得することを希望し、原告自身がここを取得することは望まなかったものの、金銭の取得を希望する他の相続人らとの交渉を通して、原告の提案も変化させ、途中、他の相続人らが本件二階三室を相続によって取得した上でこれを原告に売却することを内容とする提案を行ったりした後、最終的には、右の各提案の内容とも異なって、代償分割を内容とする本件調停条項により本件調停を成立させるに至っていること、他方、他の相続人らは、右の調停手続において、一貫して金銭を取得したい旨の意向を持ち続けており、いったん本件二階三室を取得した上でこれを原告に売却する方法により解決を図るという認識を持ったことはないこと、遺産に一部を一部の相続人らの共有とする方法による遺産分割は、さらにその後に右一部の相続人ら間において共有物分割が必要となるものであるから、本件調停条項は、遺産分割として他の相続人らが本件二階三室を取得し、さらに、他の相続人ら間の共有物分割として、これを原告に売却することにより換価し、その代金を分割したとみるよりは、その文言どおりに、代償分割がなされたとみる方が、金銭を取得することによって遺産分割に決着を付けたという他の相続人らの認識に合致することが、それぞれ認められ、これらを総合すれば、原告は、本件調停条項記載のとおり、本件調停による遺産分割の結果、他の相続人らに代償金合計六〇〇〇万円の支払義務を負担して本件二階三室を単独相続したというべきである。

二  争点2について

原告は、仮に原告が本件調停により本件二階三室を代償分割により単独取得したものとしても、本件のように膨大な金額の譲渡所得税が課されるとすれば、本件調停に応じていなかったから、本件調停による遺産分割は原告の意思表示の錯誤により無効である旨主張する。

しかし、代償金を支払う資金を捻出するために本件二階三室を譲渡することにより多額の譲渡所得税を課されることを予期しなかったことは、本件調停に合意する旨の意思表示についての動機の錯誤にすぎないから、少なくともその動機が相手方に表示されない限り法律行為の要素の錯誤とならないというべきである。

右表示の点に関し、証人野﨑研二は、調停委員会から原告代理人野﨑弁護士に対し、本件調停条項によっても原告には税務上の不利益はないとの説明があった旨証言し、野﨑研二作成の陳述書(甲七)にも同旨の記載があるが、調停委員会から他の相続人らに対し同様の説明があったことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、証拠(証人村松昌子、同関健一)によれば、本件調停において、原告側の出席者から他の相続人らに対し、本件譲渡により原告に多額の譲渡所得税が課されないことを本件調停成立の前提とするとの意向が表明されることはなかったことが認められる。

また、証拠(乙一七、同一八、証人関健一)によれば、本件調停において、原告側の出席者が他の相続人らに対し、本件二階三室についての原告と村松鐵鋼との間の売買契約の具体的内容を説明することはなく、本件譲渡による原告に対する譲渡所得課税が話題になることもなかったことが認められるから、他の相続人らが右譲渡所得課税を調停の成否と結び付けて意識することはなかったというべきであり、原告が多額の譲渡所得税を課されないことを本件調停条項に同意する動機として黙示的に表示したともいえない。

したがって、原告の錯誤無効の主張は失当である。

三  争点3について

所得税法三三条三項に定める「資産の譲渡に要した費用」とは、譲渡のために直接かつ通常必要な費用を指すと解すべきであるから、本件弁護士費用が、これに該当するか否か検討する。

原告と村松鐵鋼との間の売買契約書には、野﨑弁護士が右契約に仲介、立会い、代理等により関与したことを示す記載はないところ(乙二〇)、野﨑弁護士は、本件二階三室の村松鐵鋼への売却については、立退交渉も含めて終始館直一が主導的に交渉し、自らはこれに直接関与していないことを認めているところである(甲七、証人野﨑研二)。

また、本件弁護士費用四〇〇万円について野﨑弁護士が平成四年六月一七日付けで原告あてに発行した領収証には、件名として「申立人貴殿、相手方馬場三朗外一〇名間の東京家庭裁判所における遺産分割調停申立事件の件」、項目として「報酬金」と記載されているだけであり、本件弁護士費用が本件二階三室の譲渡に要した費用であることを認めるに足りる記載はない(乙一九)。

そして、本件調停により原告が取得した財産、及び野﨑弁護士が本件調停前の遺産分割協議の際から原告代理人として尽力してきた経緯を考慮すると、本件調停事件に対する報酬としては四〇〇万円が格別に過大な金額であるとはいえない。

右のとおり、野﨑弁護士が本件譲渡に仲介、立会い、代理等により関与したことはなく、本件弁護士費用が、遺産分割についての弁護士報酬として支出されたものであることからすると、右費用は本件譲渡のために直接かつ通常必要な費用であるとはいえず、したがって、所得税法三三条三項に定める「資産の譲渡に要した費用」には該当しないというべきである。

四  争点4について

所得税法は、譲渡所得の金額について、総収入金額から資産の取得費及び譲渡に要した費用を控除するものとし(三三条三項)、右の資産の取得費は、別段の定めがあるものを除き、当該資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額としている(三八条一項)。そして、譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税する趣旨のものであるところ、所得税法三三条三項が総収入金額から控除し得るものとして、当該資産の客観的価格を構成すべき金額のみに限定せず、取得費と並んで譲渡に要した費用をも掲げていることからすると、「資産の取得に要した金額」には、当該資産の客観的価格を構成すべき取得代金の額のほか、登録免許税、仲介手数料等当該資産を取得するための付随費用の額も含まれると解される。

また、所得税法は、相続による資産の所有権移転の場合には、限定承認のときを除き、その段階において譲渡所得課税を行わず、相続人が右資産を譲渡したときに、その譲渡所得の金額の計算についてその者が当該資産を相続前から引き続き所有していたものとみなすと定めており(五九条、六〇条)、被相続人が当該資産を取得するのに要した費用は相続人の譲渡所得金額の計算の際に取得費としてその譲渡収入金額から控除されることとなる。このように、所得税法が相続(限定承認を除く)による資産の所有権移転の場合における譲渡所得課税を繰り延べ、その後、当該資産が相続人の支配を離れて他に移転する機会をとらえて、被相続人の取得の時以来清算されることなく蓄積されてきた資産の増加益を課税の対象としているのであるから、右増加益の算出上、譲渡による収入金額から控除すべき「資産の取得に要した金額」は、被相続人の取得の時において当該資産の客観的価格を構成すべき取得代金の額及び当該資産を取得するための付随費用でなければならないというべきである。

ところが、遺産分割は、共有にかかる相続財産の分配にすぎず、これにより相続財産に含まれている個々の資産の財産価値そのものに変動を及ぼすものではないから、遺産分割に要した費用は、一般的に当該資産の客観的価格を構成するものとは認められないし、被相続人の取得の時に遡及してその当時における右客観的価格を構成するとか、あるいは、被相続人の取得のための付随費用とみる余地もない。

したがって、本件弁護士費用は、遺産分割に要した費用にすぎないものであって、被相続人が「資産の取得に要した金額」ではなく、また、設備費又は改良費に当たらないことは明らかであるから、結局、所得税法三三条三項に定める取得費に該当しないというべきである。

五  以上のとおり、原告は本件二階三室を五郎から相続により取得したのであるから、本件譲渡による所得は、措置法三一条一項、二項(いずれも平成七年法律第五五号による改正前のもの)により、分離長期譲渡所得となり、また、代償金六〇〇〇万円は取得費に該当しないというべきである。そして、本件弁護士費用を譲渡に要した費用又は取得費として本件譲渡による収入から控除することはできない。

これを前提に前記争いがない事実を基に、原告の平成四年分の納付すべき所得税額を算定すると、前記第二の二1(六)のとおり、本件更正処分に係る原告の納付すべき税額と同額となるから、本件更正処分は適法である。

また、原告は同年分所得税に係る納付すべき税額を過少に申告していたところ、右過少申告に通則法六五条四項に規定する正当な理由も認められないから、原告に対しては同条により過少申告加算税が賦課されるべきところ、その税額は前記第二の二2のとおり算定され、本件賦課決定処分に係る税額と同額となるから、本件賦課決定処分は適法である。

よって、原告の請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 阪本勝 裁判官 村松秀樹)

(別紙)

目録

一 東京都墨田区江東橋四丁目一二番二 宅地 一一九・一四平方メートル

二 所在 墨田区江東橋四丁目一二番地二

建物の番号 キャツスルマンション錦糸町

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根一一階建

床面積 一階 七九・五五平方メートル

二階 七三・六三平方メートル

三階 七三・六三平方メートル

四階 七三・六三平方メートル

五階 七三・六三平方メートル

六階 七三・六三平方メートル

七階 七三・六三平方メートル

八階 七三・六三平方メートル

九階 七三・六三平方メートル

一〇階 七三・六三平方メートル

一一階 七三・六三平方メートル

三(一棟の建物の表示)

前記二のとおり

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 江東橋四丁目一二番二の一〇一

建物の番号 一〇一号

種類 事務所

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造一階建

床面積 一階部分 三六・四一平方メートル

四(一棟の建物の表示)

前記二のとおり

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 江東橋四丁目一二番二の一〇二

建物の番号 一〇二号

種類 店舗

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造一階建

床面積 一階部分 二四・二三平方メートル

五(一棟の建物の表示)

前記二のとおり

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 江東橋四丁目一二番二の二〇一

建物の番号 二〇一号

種類 事務所

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造一階建

床面積 二階部分 一八・九九平方メートル

六(一棟の建物の表示)

前記二のとおり

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 江東橋四丁目一二番二の二〇二

建物の番号 二〇二号

種類 事務所

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造一階建

床面積 二階部分 一九・〇四平方メートル

七(一棟の建物の表示)

前記二のとおり

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 江東橋四丁目一二番二の二〇三

建物の番号 二〇三号

種類 居宅

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造一階建

床面積 二階部分 一九・九六平方メートル

八(一棟の建物の表示)

前記二のとおり

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 江東橋四丁目一二番二の一一〇一

建物の番号 一一〇一号

種類 居宅

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造一階建

床面積 一一階部分 六〇・六八平方メートル

別表

本件更正処分等の経緯

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例